「犬を食べた」「赤ちゃんが泣くと口を押さえた」みんなが聞いた戦争体験 未来につなぐには #戦争の記憶 - 未来に残す 戦争の記憶 - Yahoo! JAPAN

太平洋戦争の終結から78年、今私たちに何ができるのでしょう。「銃弾があと少し心臓に近ければ死んでいたと祖父に傷を見せられ、ボロボロ泣いた」。ネット上で4000人にアンケートをとると、家族から家族へ語り継がれる戦争の記憶、そして課題が見えてきました。 #戦争の記憶

           

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餓死の島、ガダルカナル島他の日本兵の方々は、食べる物がなく、トカゲ他、生き物と植物は何でも食べたそうです。人肉の売買も行われていたとの証言もあり、まさに阿鼻叫喚の世界だったそうです。

戦後、極悪非道のスターリンが行った、国際法違反、シベリア抑留では、ろくな食事は出ず、日本人(徴兵された、朝鮮、台湾の方々含む)抑留者は、たんぱく質、塩分が不足、収容所付近にいた、小さい野ネズミを食べて、飢えを凌ぎ、栄養補給してたそうです。

歌手の三波春夫さん、宇野元首相他も、シベリア抑留経験者だったことを後年、知りました。

時代は違っても、戦争はしてはいけないです。

私の亡き両親も、敗戦時、中3と中2でしたが、東京の空襲が激しくなる前に、二人共に茨城県に縁故疎開、修学旅行は当然、行けなかったそうです。東京の自宅も焼け野原。