「この手で何人もの下級生を焼いた」15歳が見た惨状、生き延びてもなお続いた原爆の恐怖 上白石萌音さんがたどる #戦争の記憶(テレビ新広島) - Yahoo!ニュース

「私はこの手で何人もの下級生を焼きました」。切明千枝子さんは、15歳のときに広島で被爆、壮絶な経験をしました。彼女の話に耳を傾けたのは、上白石萌音さんです。「次世代に伝えるお手伝いをしたい」。記憶のバトンをつなぎます。 #テレビ新広島 #Yahooニュース #戦争の記憶

           

https://www.facebook.com/yjnews/posts/1042493204580433

ローカル局での特集をこうして全国の方に見られるようにしてくれて感謝します。萌音さんが聞き手となる事で、貴重な被爆体験者である切明さんのお話に触れる事が出来ました。小さな遺骨の喉仏と小指の骨しか拾われなかった生徒さんたちの無念を思うと胸が苦しくなります。戦後100年になるとこうした貴重な体験を語れる人ももう世にいなくなるでしょう。それを見越せば、こうした貴重な体験をデジタルアーカイブとして残していく取り組みは有意義であると思います。これからも頑張って続けて下さい。。。


アメリカの原爆投下や東京大空襲は、あまりに非人道的であり非難されて然るべきものだ。だが元はと言えば敵国民の戦意喪失を狙った、敵都市への無差別戦略爆撃を始めたのはナチスと日本だ。

日本軍が重慶を無差別爆撃する中、日本人は皇軍ばんざーい\(^-^)/と喜んでたんだろ自分達が敵国の都市を焼く時は楽しいが、自分達が焼かれる側になったら被害者面だもんな。(笑) 
人間は醜いやね。一つだけ言えるのは日本軍の悪魔どもが戦略資源や植民地欲しさに、中国アジア侵略戦争を始めなければ310万人もの日本人が、地獄の業火に焼かれて死ぬ事はなかったのだ。


地獄皇太子
お前が底抜けのBA☆KAだという事が良く分かった。(笑)
そんなサイトの陰謀論を信じてる時点でお笑いだなww
あの時代に4,5tもの巨大爆弾を積めるのは、世界で唯一アメリカのB-29だけなんだよ。B-29のペイロードは9t。
日本も原爆開発はしていたが、ついぞ完成せず終戦間近で研究打ち切りとなった。何より日本にはリトルボーイ・ファットマンのような、巨大爆弾を積める航空機が無かったんだよ。日本軍は重爆でもペイロード1tだかんね。
無知がバレちゃったねwww